毛筆あるいは筆文字フォントは、本来の筆書き文字を書体として整え、のちに印刷用の活字として確立されていったものがベースです。
中国の書の歴史では、篆書、隷書、行書、草書、楷書の5書体が基本になっていますが、これらを印刷で表現するために開発されたのが毛筆体です。
明朝体や教科書体などの和文書体も、もともとは筆書の「とめ」「はね」「はらい」などをベースにデザインされていますが、毛筆体はさらに筆書き特有の勢いのあるストロークや柔らかさなどのディテールにまでこだわって再現している点が特徴です。
日本では、江戸時代に勘亭流や寄席文字、相撲文字、籠字、髭文字など、当時の文化を象徴する書体が創り出されてきました。
すき間なく太い文字で書かれたこれらの江戸文字には、客が大勢入ることを願っての験担ぎの意味も込められていると言います。
和文、特に和のニュアンスを強調したい商品広告や催しの宣伝などに、毛筆体フォントが活用される機会は多く、定番的なスタイルから新奇性のあるユニークなデザインまで、多彩なスタイルが次々に生まれています。
秦の始皇帝の時代に遡る篆書体は、現在でも印鑑などに見られます。
その簡略体である隷書体は、典雅な趣きのある様式へと進化し、儀礼に関わる場面で広く使われる書体です。
行書体は、筆書きの流れるような筆致を再現したもの。
隷書の簡略字である草書体は、「究極の筆記体」で、文字のくずし方に法則性が確立しないため、フォント化はごく少数にとどまっています。
唐時代(5~7世紀)に確立したと言われる楷書体は、今日最もなじみの深い書体です。
筆づかいの基本をきちんと踏襲しながら、タテヨコが正確で美しいバランスを保ち、洗練されていて読みやすいのが特徴です。
新聞や書籍の本文用活字のベースとなるなど、「手描き文字のお手本」と呼ぶべき安定感のあるスタンダードな書体と言えます。
筆文字のフォントは、和のテイストが欲しいときや、あらたまったセレモニーの告知や礼状などで本領を発揮します。
浴衣の似合う花火大会やお祭りなどのイベント告知には、力強い筆文字のインパクトに勝るものはありません。年賀状や暑中見舞いのテンプレートにも必ず登場する定番人気です。
きっちりした楷書体のフォントは、表彰状や感謝状などにも重宝します。
商業目的では、和食や居酒屋の看板からのれん、メニュー書きまで、また和食系食材や日本酒のラベル、和もの雑貨などに、バラエティに富んだ筆文字フォントが並んでいるものです。
また最近は、筆文字の最大の特徴である「手描き風」の温かみと懐かしさを武器に、従来の和筆とはスタイルを全く異にするユニークなデザイン筆文字のフォントも数多く開発されています。
デザイン表現の可能性を大きく広げる筆文字フォントは、日本の文字文化をさらに饒舌で豊かにする力を秘めていると言って良いでしょう。